京都府南部に位置する、東西約 11 km、南北約 36 km、面積約 270 km2の南北に細長く、東辺と西辺に明瞭な断層をもつ地溝状の盆地であり、北に向かってやや広がる輪郭をもつ[1][2][3]。北部は鴨川の扇状地に京都市中心部が位置し、南部は宇治川、桂川、木津川の沖積低地が広がる[1]。
○山地
盆地の周辺は概ね定高性をもつ山地に囲まれる[3]。東部は、標高 848.3 m の大比叡を最高峰とする[4]、花折断層と比叡断層により限られた地塁状の比叡山(比叡山地)から、南へ続き山科盆地との境界をなす東山の小山地、また醍醐山地、信楽高原に連なる[3][5]。西側は摂丹山地(北摂山地)東端の西山と、生駒山地に限られる。北側は丹波高地南端の北山が連なる。京都市街からは北西に愛宕山(標高 924 m)の高まりが望見される。盆地北辺は、東西辺とは異なり境界は断層を伴わず漸移的であり、岩倉盆地を挟む[6]。南側の奈良丘陵(平城丘陵)を除くと、周囲の山地は中・古生層からなる[5]。
○基盤岩
地体構造区分では、中生代ジュラ紀の付加体である丹波層群により構成される丹波帯に大半が属している[6]。盆地北東辺の比叡山と大文字山の間では、白亜紀に貫入した花崗岩が分布しており、その縁辺は接触変成作用を受けたホルンフェルスとなっている[7]。南部は領家変成帯との境界にあたり、丹波層群が変成した領家変成岩類と火成岩である花崗岩(領家花崗岩類)が分布する[8]。そのため、不動川など木津川に流入する河川は、花崗岩が風化した真砂土を運搬し、近世以降の治水工事によって天井川が形成される。また、西部の摂丹山地の一部(ポンポン山付近)はペルム紀–三畳紀付加体を基盤とする超丹波帯に属している[9]。これらが盆地を取り巻く山地を構成しており、京都盆地の基盤岩にもなっている。盆地内の基盤岩の最深部は南部の旧巨椋池付近と考えられ、その深さは約 800 mである[10]。盆地北部の船岡山、双ヶ丘は丹波層群、木津川河畔の飯岡(いのおか)は領家変成岩により構成される、基盤岩が侵食に耐えて残った残丘である。
○丘陵
山麓には丘陵や台地が発達している。西部には向日丘陵が南北にのび、山科盆地との境界の東山は桃山丘陵に連なる[3][10]。また、南部東縁には宇治丘陵が扇形にはり出し、木津川の西側には田辺丘陵・京阪奈丘陵が広がる[3]。
丘陵や台地は第四紀の大阪層群と段丘堆積層から構成されている[6]。大阪層群は、主として砂礫層と海成・淡水成粘土層との互層からなり、大阪平野、京都盆地、奈良盆地など、近畿地方中部の盆地・平野に広く分布する[11]。間氷期の海水面上昇に伴う海水の進入により堆積した海成粘土層を特徴としており、標準層序では下位から Ma-1(マイナス1)、Ma0、Ma1 の順 に Ma10 まで12層認められる[11][注釈 1]。多くの火山灰層がはさまれており、福田火山灰(約175万年前)、アズキ火山灰(猪牟田-アズキテフラ:約87万年前)を挟む Ma3、Ma6(約60万年前)により、最下部、下部、上部、最上部に分けられる[13]。
京都盆地における大阪層群については、最下部が盆地南部の宇治川以南のみに分布する[14]。下部の Ma0 は宇治丘陵など盆地南部の縁辺の丘陵で淡水 - 汽水成粘土として認められるのみであるが、その上位の Ma1 は田辺丘陵で海成となり、Ma2 では盆地北半西部の西山で、アズキ火山灰を伴う Ma3 では盆地北半東部の桃山丘陵に含まれる深草地区でも海成粘土層が認められる[14]。このアズキ火山灰の頃には京都盆地と奈良盆地にそれぞれ別の経路から海が進入しており、その南北の湾の中間に位置する京阪奈丘陵・奈良丘陵は陸化していた[15]。 その後は盆地の北半で堆積が進み、深草地区では Ma6 まで、西山では Ma7 までの海成粘土層の堆積が認められる[14]。また、深層ボーリング調査により、盆地地中に Ma9(約43万年前、海洋酸素同位体ステージ11) の堆積が見つかり、丘陵の隆起以降にも盆地北半の堆積盆に海水が進入したことが判明している[16]。
○段丘
盆地と丘陵との間には、更新世の地殻変動と周期的な気候変動・海水準変動等により形成された段丘(台地)が見られる。高位段丘は更新世中期に、北部の鷹峯では大阪層群との不整合が見られない堆積段丘が形成され、 南部では侵食性の段丘が形成されている[17][18]。最終間氷期に形成された中位段丘は盆地北半ではあまりみられず、宇治丘陵や盆地南半の東側に見られる[19]。木津川では中位段丘の形成以降に盆地南端の奈良丘陵で河川争奪があり、現在の北流する木津川となったとされる[20]。最終氷期後期に形成された低位段丘は、盆地の縁辺および主な河川に沿って分布し、平安宮(平安京大内裏)が乗る紙屋川扇状地のように盆地の北部に見られる隆起扇状地性の広い面を形成するものと、河岸段丘状分布をなすものがある[21][22]。
○沖積層
京都盆地の北部では、鴨川が扇状地を形成し、その上に京都市中心部が位置する。扇状地面は北から南へ低下して後背湿地へ移行する[23]。盆地の北西からは保津峡を先行河川として穿入蛇行する桂川(保津川)が流入する。亀岡盆地など保津峡よりも上流ですでに土砂を堆積させている桂川では、明瞭な扇状地が京都盆地内では形成されず、両岸に自然堤防が形成され背後に後背湿地が広がる[24]。鴨川を合した桂川と、南から流入する青山高原を源として盆地内で砂質平野を形成する木津川、東から流れる琵琶湖に端を発する宇治川の3つの河川は多くの支流を合わせたうえ、盆地西部で合流して淀川となり、男山と天王山の間の狭隘部を通って大阪平野へと流出する[5][23]。この合流点付近の盆地最低部には縄文時代前期頃から巨椋池があったが、1941年に干拓が完了し農地となり姿を消している[5][25]。
○脚注
注釈
- 「Ma」は海成粘土を表す「marine clay」の略である[12]。
出典
- 1.“百科事典マイペディア 「京都盆地」(コトバンク)”. 2026年7月17日閲覧。
- 2.“ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「京都盆地」(コトバンク)”. 2026年7月17日閲覧。
- 3. 吉岡 (1987), p. 98.
- 4.『京都東北部地域の地質』 (1998), p. 4.
- 5.“改訂新版 世界大百科事典 「京都盆地」(コトバンク)”. 2026年7月17日閲覧。
- 6.植村 (1990), p. 38.
- 7.“砂岩ホルンフェルス(将門岩) - 京都府レッドデータブック2015”. 2026年7月17日閲覧。
- 8.『奈良地域の地質』 (2000).
- 9.『京都西南部地域の地質』 (2005), p. 1.
- 10.『京都東南部地域の地質』 (2013), p. 2.
- 11.吉岡 (1987), p. 99.
- 12.『ミニガイドNo.25「大阪の地質 見どころガイド」』大阪市立自然史博物館、2013年、12頁。
- 13.『京都西南部地域の地質』 (2005), pp. 8–9.
- 14.吉岡 (1987), p. 100.
- 15.小松原琢「後期更新世における木津川の河川争奪」『季刊地理学』第75巻、126–127頁、2023年。
- 16.植村 (2004), p. 8.
- 17.植村 (2004), pp. 8–9.
- 18.植村善博「京都盆地北緑、鷹ケ峰台地の地形特性と活構造」『佛教大学文学部論集』第82巻、21–35頁、1998年。
- 19.植村 (2004), p. 9.
- 20.小松原琢「京都盆地-奈良盆地断層帯周辺の第四系と断層活動性」『地質学雑誌』131巻,1 号、423-443頁、2025年。doi:10.5575/geosoc.2025.0035。ISSN 0016-7630。うち、pp.437-440。
- 21.植村 (2004), pp. 9–10.
- 22.「京都の文化的景観」調査報告書 (2020), p. 110.
- 23.“地形の概要 - 京都府レッドデータブック2015”. 2026年7月17日閲覧。
- 24.「京都の文化的景観」調査報告書 (2020), pp. 111, 116.
- 25.“巨椋池 - 京都府レッドデータブック2015”. 2026年1月17日閲覧。
参考資料
- 植村善博「変位地形と地下構造からみた京都盆地の活断層」『京都歴史災害研究』第2巻、2004年11月1日。doi:10.24484/sitereports.118317-44708。 NCID AA11946076。
- 植村善博「京都盆地西縁の変動地形と第四紀テクトニクス」『立命館地理学』第2巻、37-56頁、1990年。
- 産業技術総合研究所地質調査総合センター 編『京都西南部地域の地質』産業技術総合研究所地質調査総合センター、2005年。
- 産業技術総合研究所地質調査総合センター 編『京都東南部地域の地質』産業技術総合研究所地質調査総合センター、2013年。
- 地質調査所 編『京都西北部地域の地質』地質調査所、1989年。
- 地質調査所 編『京都東北部地域の地質』工業技術院地質調査所、1998年。
- 地質調査所 編『奈良地域の地質』地質調査所、2000年。
- 奈良文化財研究所文化遺産部景観研究室 編「第3章 文化的景観としての京都」『「京都の文化的景観」調査報告書』京都市文化市民局文化芸術都市推進室文化財保護課、2020年、103-166頁。
- 吉岡敏和「京都盆地周縁部における第四紀の断層活動および盆地形成過程」『第四紀研究』26巻2号、97-109頁、1987年。doi:10.4116/jaqua.26.2_97。ISSN 0418-2642。
(初稿:2026-07-17、改稿:2026-07-18)⇒後日 Wikipediaへ投稿予定。